No. |
タイトル |
発行日 |
内容 |
| 12 |
第12回
「何でもあからさまにされていく
不景気」 |
2002年
1月号 |
陰影礼讃は今や昔、ディスクロージャーなる掛け声の下に、企業が抱えるちょっと訳ありの事情は、全て暴かれていくのが世の流れである。この流れは理屈の上ではもちろん正しい。とは言え、経済や経営は我ら人間の本音と欲望が絡み合って表出する生臭い営みの集積であるというのも、これまた事実である。当然きれいだけでは成り立たず、むしろ片目をつぶり合ったり、ほんのひと時忘れたことにし合ったりしてこそ、円滑にまわっていくのがリアルな経済・経営の実体であろう。にもかかわらず、少しでも曖昧な点や数字にならない部分があると、投資家にとって都合が悪いとの理由でディスクロージャーのポリシーが猛威をふるう。それでも経済や経営に関する透明化ファッションは甘んじて受けるとして、最近流行の携帯電話にまでテレビカメラが付くようになり困ったものだと感じている。どこからでも覗いて下さいといえるような漂白された真っ白けの生活なんぞ、実に味気ないものである。 |
| 11 |
第11回
「自衛隊よりも修学旅行」 |
2001年
12月号 |
現在、日本の年間の自衛隊予算は約5兆円。この金額は軍事費としてはアメリカ、ロシアについで世界第3位の水準である。しかし、様々な制約のもと有効な軍事力としてその費用が機能していないのは明白である。とは言え、国家の安全保障は我々国民にとって最優先政策テーマでもある。では一体どうしたら良いのか。もっと軍事費を増やして核を開発すべしとか自衛隊法の縛りを撤廃しろとかいうのではない。いっそ「軍事力非保有」を高らかに宣言し、自衛隊の軍隊としての装備と役割を解いてしまえばよい。その代わりそのお金を使って、アゴアシ・学費・生活費付きで毎年200万人の世界中の子ども達を招待し一年間生活をしてもらったらどうか。このプログラムを通して日本に招かれた彼らの心に刻み込まれる感情と思想は日本という国家と国民にとって何よりの国家安全保障の礎となる。融和的人的交流施策による国家安全保障戦略は中途半端な軍部増強よりはよっぽど普遍的で効果的である。 |
| 10 |
第10回
「振り返るべきは「真珠湾」では
なく「ベルリンの壁」」
|
2001年
11月号 |
90年代、グローバル市場の成立とインターネットをはじめとするIT技術の急速な進歩によって、世界中で経済の取引コストがドラスティックに引き下げられた。90年代とは、こうした理想的な経済状態への道程を世界中が辿った時代である。しかし、ここで留意しなくてはならないことは90年代に世界が享受したこの豊かさは、89年の「ベルリンの壁の崩壊」に象徴される東西冷戦の終結に基づいて「平和の配当」として世界の市民と企業に与えられたものだということ。「平和の配当」としての全世界ルールの一元化であり、情報の共有化であり、自由な経済活動であり、つまり「平和の配当」としての安全と信頼が取引コストの低下と効率的経済活動をもたらしてくれているのである。しかし、2001年9月11日にアメリカで起こったテロは、この「平和の配当」を吹っ飛ばした。10年間世界が享受して来た安全と信頼に基づく取引コスト・社会コスト低下のトレンドがストップし、これから当分の間はこれまで辿って来た道を逆行する流れになる。世界は深刻な不況となるだろう。 |
| 9 |
第9回
「結局、青い目に
頼らないとダメな日本」 |
2001年
10月号 |
日本の金融業界がついにIMFの審査を受けることになった。そもそも日本の不良債権問題は国際経済の重大な懸念として指摘され続けてきた。しかし、今日まで政府は早急に処理すると口先だけで言い続けるだけで、未処理のままだったのである。IMFのチェックとは、元来かつての南米諸国のように国内経済が破綻したり、通貨が暴落した国家が受けるものである。何でいつもいつも日本はこうダメなのか。企業を見ても、大リストラしないと大赤字どころか倒産もあり得るということが目に見えているのに、5年も10年も何ら手を打てない。その挙句の果てに、外資に経営権を譲ってやっと立ち直ることができるというのも同様である。とはいえ今や青い目企業となってしまった殆どの会社の必要な施策は極めてシンプルであり、不採算事業をやめ、不要な人員を整理するだけのことであった。実際、日産はじめ、青い目の新経営陣はそれだけのことを手早くやり遂げて、あっというまに立て直しに成功している。日本人は馬鹿なのか。外圧がなければ、青い目に頼らなければ何も進められない情けない国民なのか。旧長銀を破格に有利な条件で手中にしたのがリップルウッド社だったのは、日本法人による買収だと、妬みの感情から他の日本企業が許さなかったのだと聞く。他の日本人に従わされたり、他の日本人が良い思いをするのは嫌だけど、青い目ならば致し方ないという嫉妬の論理なのだろう。馬鹿も情けないが、妬みの亡者というのも哀しい。 |
| 8 |
第8回
「自民党が勝って、株価が下げて、
これで大丈夫」 |
2001年
9月号 |
注目したいのは、選挙結果による株価動向である。これまで自民党が選挙で勝つと、確実に株価を上げてきた。選挙運動ではお約束の呪文として規制緩和・構造改革を一応唱えたりするが、決して本気で取り組まないという自民党の政策を信じて自民党が勝てば株価はご祝儀の高値を献上して来たのである。今日、色々難癖をつけられている日本の株式市場であるが、政府が打ち出す経済政策を株式市場が吟味して株価が上がるか下がるかのメカニズムは、正確にその後の日本経済の動向を読み当てている。その判断の正しさは誇って良い。日本経済構造を悪化させる政策をとれば株価を上げ、本格的に経済の立て直しに取り組めば株価は下げるのだ。欲の皮の突っ張った投資家たちの近視眼的分析力は、それなりに緻密で確実である。つまり、確実に読み誤るのである。今回の小泉旋風に乗って自民党が大勝してはじめて大きく株価を下げた。これは戦後はじめての現象である。このシグナルの意味するところは「これからの経済は確実に良くなる」と断じておこう。 |
| 7 |
第7回
「エルメスはじめ
スーパーブランドは地に落ちる」 |
2001年
8月号 |
このほど銀座に「メゾンドエルメス」がオープンした。多くのメディアに取り上げられたが、異様な光景として映ったのはその客の姿である。朝から開店を待って700人もの客が行列を作ったというのだ。しかもジーンズ姿で地べたに座りこんで、ブランド店の前で夜明かしする女性群というのは、最も非ブランド的光景であろう。ブランド品なるものの意味を考えると、身につける人の品位やライフスタイルが多少問われて然るべきである。手取り15万円、ジーパン地べたOLが100万円のケリーを買うのは当然分不相応である。しかしここで問題にしたいのは、こうした人々の品位と教養のなさにつけこんで荒稼ぎするブランド屋は、その客と同様に品位と教養を欠いたブランドに不相応な姿勢であるということである。ジーパンで地べたに座り込んで靴を買おうとするような客に、自社の歴史とブランドの結晶である逸品をもみ手しながら売りつけるというのは、ブランド企業にとってはまさに誇りを売り渡しているようなものではないのか。かつて、日本で便座カバーにまでマークをつけて、ありとあらゆるモノを大量に売りさばいていたヨーロッパブランドがあっという間に凋落した。ブランドの自殺だった。今、日本人相手の商売を見ているとエルメスやルイヴィトンに代表されるような多くのブランドが、緩慢な自殺のプロセスを辿っているように思う。 |
| 6 |
第6回
「心のインフラが崩壊した日本は、
10年間は不況が続く」 |
2001年
7月号 |
不景気が続いている。そもそも経済とは、道路や電気通信網といったハードのインフラ以前の問題として、我々人間の“欲望”と“勤勉”というソフトのインフラの上に成り立っている。「物が欲しい」という欲望が人をして勤勉に働かせ、その結果として経済が拡大していくのである。ところが90年代以降、日本ではこうした欲望と勤勉という最も根本的な経済の心インフラが崩壊してきている。今の20代・30代の世代がもの心ついたときには、豊かさの象徴であった家電製品もマイカーも全て揃っていた。かつて欲望の対象だった贅沢品は、当たり前の日常品になってしまっていたのである。さらに、その世代は80年代のバブル、90年代の不況を見て育った。勤勉が報われない現実を知り、誰もそれに価値をおかない。その結果、今の日本には経済の羽根車を回す“健全な欲望”と“勤勉”が存在しないのである。おそらく今後10年は戻ってこないだろう。その間、景気は好転しないのである。 |
| 5 |
第5回
「お父さんの給料は5年後には
半分になる」 |
2001年
6月号 |
相変わらず失業率が高い。中でも深刻なのは20代の若者と40代以降のお父さん世代。能力も経験も無い20代と時代にキャッチアップできていない40代・50代は有効求人倍率が極端に低い。それでも若者はまだいい。若者の失業率のうち7割が自発的失業であるのに対して、お父さん世代の6割が非自発的失業。50代に限っていえばその8割が非自発的失業というあり様で、さらに今後ますます悪化していくだろう。そしてそのリストラの恐怖の後は、給料の大幅ダウンが待っている。アウトプレースメント会社によると40代・50代のリストラ対象者の再就職の給料の相場は6割減とのことである。と同時にまた、リストラ対象者外の方も安閑とはしていられない。一般に欧米と比べて、日本のホワイトカラーの生産性は半分以下といわれている。つまり、同じ給料を貰おうと思えば、二人のうち一人をクビにして残った一人が二人分働くしかないのである。現在約3000万人いる日本の中間管理職の半分をクビにするということは現実には困難である。従って結局降格や減給によって、給与水準を現行の半分のところまでアジャストしていくしか他ないのである。日本企業の生き残りと日本経済の復活のために避けては通れない、お父さんたちの給料半減シナリオは、早ければ5年後には現実のものになっているだろう。 |
| 4 |
第4回
「統制・検閲国家への途」 |
2001年
5月号 |
お上の介入・支配はすさまじい。その典型が「何でもかんでも資格化」である。最近はビルの掃除にも公的資格が必要なほどで、“建築物清掃業者の清掃作業従事者”として公的講習を受講しなくてはならない。今日この動きは加速しており、これまで私的資格として民間が勝手に設定していたものまでどんどん公的資格や国家資格に格上げされて、お上の認定事項になってきている。お上の認定事項ということは、お上の定めた認定試験を受け、講習を受け、何年かおきに更新料を納めて、やっとビルの掃除ができるということである。当然、違反をすると“法を犯した者”となってしまうのである。今、規制緩和の流れとは逆行して、こうした資格の種類はますます細分化され、その範囲はどんどん広がっているのだ。統制・検閲国家になっていくことに対して、断固闘いたい。 |
| 3 |
第3回
「失われた10年は、
カネとモラルを
ドブに捨てた10年」 |
2001年
4月号 |
バブルが弾けてこのかたの一時代を失われた10年と呼ぶ向きがある。しかし、この10年は単に無為に過ごした10年というよりも、実は大切なものを失った10年なのである。経済対策という名目でバラマキ続け、200兆円という膨大なカネを失ったのは明白である。しかもその挙句の果てがこの底なしの不況の体たらくであるからにして、この10年に使われたカネはドブに捨てたも同然なのだ。と同時に日本人のモラルも失った。典型は銀行の救済策のやり方である。何の経営責任も取らずに、不良債権の額についても繰り返し虚偽申告し、再建計画なぞ嘘八百で通す銀行に対して、政府はポンと60兆円を与えてしまったのだ。国民が支払う所得税3年分の国民の税金でである。これでは、誰が真面目に頑張る気になろうか。モラルや倫理を守ろうか。まさにこの10年の経済政策は国民経済の土台である勤勉と信頼を葬り去ってしまった。この失われた10年は、幸福の土台を失った10年なのである。 |
| 2 |
第2回
「21世紀には、
経済学は消滅する」 |
2001年
3月号 |
21世紀にはそれもそう遠くない将来、これまで人々を豊かに幸せにしてきた経済学が無効化するだろう。何故ならそれは人々が望まなくなるからである。食べ物も便利さも飽和のラインまで到達した今、これ以上贅沢なものを食べたり、これ以上便利な生活をすることが豊かであり幸せであるという人々の実感が消えつつあるのである。むしろこれからの豊かさはこれまでの“効率的”、“大量・高額”の逆ベクトルにある。まさに経済学的には非合理的なことにシフトしていくだろう。従って、これまでの経済学が人間のモデルを「ホモ・エコノミカス」と規定し、人の人生や国家の目的を経済的拡大に設定したうえで成り立っている理論や手法が今後も続くわけがない。21世紀は明らかに豊かさや幸せの内容も、人間モデルも変化する。そして、21世紀の豊かさとは“愛”と“志”でしょう。 |
| 1 |
第1回
「200%のインフレ」 |
2001年
2月号 |
近い将来、我が国を高率のインフレが襲うだろう。原因は巨額の赤字国債である。現在のGDP約500兆円に対して累積した国債残高が約650兆円。GDPの130%に当たる。財政破綻を宣告され、EU加盟が危うかった時のイタリアがまさにこの水準であり、一般論的には成熟型の経済においてGDP比で100%を超えると殆どアウトである。また、国家としての歳入対比で見ると破綻はより明らかで、借金は歳入の13倍ということになる。この現実はもうどうしようもない。とは言え、借りたものは返さなければならない。よってこのまま今の放漫財政を政治家が改めないのであれば、神の手が入り市場の圧力を発生させてインフレを引き起こすというしくみになっているのである。返せるような実質負担の水準までとなると、これは200%のインフレとなる。仮に3年間で200%のインフレを実現するとなると、年率約30%である。74年のオイルショックの際のインフレでさえも20%、30%のインフレが3年も続けば日本はパニックになる。それでもお上は、今年も国債乱発の大盤振舞いの財政をやるらしい。ほんと、どうするのだろう。 |